わたしのはなし
こんにちは、まつながです。

季節が移ろいでゆきますね。
冬の死、 春の訪れ、やさしい暴力のような初夏の匂いもしましたね。
そして、梅雨
4月がきてから、たくさんの季節の匂いを感じる度、わたしは何度もこう思ったんです。
「1年前のこの季節を、覚えていない」

わたしの話をしにきました。
あなたに伝える為では、きっとない。
もう、誰かの為に何もできないかもしれない。
わたしの為に、言葉を紡ごうと思っています。
興味のある人だけ読んでね


4月に何をしていたとか、そういう事実は記憶している。
ただ、季節の匂いを、移ろいを、わたしは覚えていない。

3月に右手を怪我して、
4月に剥離骨折を発覚してから、1年と少しが経ちました。

ものすごく回復したと思います。
でも、全く以て元通りではありません。

1年前の今頃、
わたしは外を歩くような気持ちにもなれなくて、
誰に会うのも怖くって、
ただ、内に内に、籠もっていった時期でした。
状況や環境は、1年間で変わりました。
でもわたしは、季節の移ろいを感じて生きることができなかった。
ずっとずっと、息をして、生きること、ただ、それだけに必死で。


わたしのしたこの怪我は、
日々回復を、一歩、二歩と、かなりゆっくり回復して行きました。
とにかく最初、右手の親指がほとんど曲がらなかったんですが、
「手を握れるようになった」と、友人にメールしたのが、5月の初めだったと記憶しています。

一歩、二歩、ゆっくり回復していく途中、
五歩も十歩も後退しなくてはいけないような激痛に、ぶん殴られる。
それはふいに訪れる。
何度も、何度も、

何度も絶望しました。
ああ、これだけよくなったと思ったのに、まだだめか。
もう大丈夫、と何度も思ってしまって、
それと同じ回数、ぶん殴られました。

冬には、かなり回復したと記憶しています。
殴られるような痛みはほとんどない、もう大丈夫だ。
そう思ったのに、ふいに、必ず、訪れる。
春が訪れた今でも、その繰り返しです。
まだわたしは、この痛みの訪れるタイミングや、理由を、把握できていません。
そしてまだ、確実に、わたしのカラダに居座っています。


この1年間で、気づいたことがたくさんあります。
まず、痛みに関しては、痛める原因のひとつに「ピアノを弾くこと」があること。
ピアノさえ弾かなければ、痛いだけだったのにね。
でも、ピアノを弾くから、苦しいね。

わたしは、わたしが思った以上に、はらぺこのまつながであることに、全てを賭けてきました。
これも、気づいたことのひとつ。

戻りたい、と思いました。
はらぺこのまつながに。
愛してもらった、はらぺこのまつながに。
東京で生き抜いてきた、わたしに

戻れるのか、とも思いました。
元通りではない、
弾くことそのものが痛みを伴う、
今までのわたしはどこにいるんだろう?
わたしのピアノはどこにいるんだろう?
何を以てして、わたしのピアノは、わたしなんだろう?
そのことを全く知らなかった。
これも、気づいたことのひとつ


1年間、毎日泣いて暮らしたわけじゃないです。
そうだな、ちょうど1年前くらいは、ほとんど呆然としていた。
本を読むのも手を痛めたから、ほとんど何もできなくて
たぶん、眠ってばかりいた。
眠っていれば、怖いことを考えずにすむから。

いつしか、ある程度は普通に暮らせるようになったんです。
水道の蛇口が、右手で捻れるようになった頃かな。
たぶん、本も読めた。
はらぺこのまつながじゃなくても
「きみは、音楽がなくても生きていけることを自覚しなくてはいけない」
この言葉の意味にも、やんわりと気づけたつもりです。



はらぺこはわたしの全てだった。
はらぺこは、わたしの居場所だった。
はらぺこのまつながに、みんなが居場所をくれた。

そして弾けないあいだ、自分の曲を聴いて、愛している、と思った。心から
もう一度、伝えられたら良い。
そんな気持ちで、もう1度はらぺこに向き合ったんだと思います。

鍵盤に触れるだけで激痛、という絶望的な状態から
自分で作った曲を全て弾けるようになる、という絶望的な希望を持って


そして、去年の終わりか、今年のはじめか
その夢を叶えました。
そのときにはもう、
はらぺこのまつながが先に歩むチカラは、
新しい悪戯を仕掛け続けていたわたしは、いなかったんです。


最初は思ったんだよ??
希望を持って頑張ろうって。
でも、何度も何度も、激痛にぶん殴られて
そんな状態で、
新しい何かとか、次の何かとか、
思って、またそれが叶わなくなって、
そんなことをしたら、
わたしが死んでしまうと思ったんだよ。

だから、弾くこと。
それ以外は望まずに生きてきました。
そしてそれ以外は望めなくなって、
そして、弾けるようになったその先に、
何も見えなくなってしまいました。

ああ、何も望まなくても、見えなくても
生きてゆけるんだよ。
そのことを、許してあげようね。
認めてあげよう。
本当は、弾かなくたっていい。
そんな風にも思ったんです、一度は



これからのはなしをします。
純粋な希望のはなしです。
何故希望を持てたのか定かではないし、
これが希望、と言い切れるまで少し時間が掛かりましたが

そのひとがわたしの元を訪れたのは、冬のことだったと思います。
そのひとは、わたしが怪我をしたことなんか知らなくて、
「自分のやりたいことを見つけた」
「でも、自分ひとりでは叶えられる気がしないから、一緒にやらないか」
新しい音楽の話でした。

出会ってからずーっと、アタマの上がらない相手です。
わたしも未熟ですが、この人も大概未熟です。
広い音楽の海に投げ出されたわたしたちは、舵もなく彷徨うことになります。
一緒に彷徨って、新しい泳ぎ方を見つける。
なんなら、新しい舟を作る。

最初は、この人の夢を叶えるゴーストライターでも、
名の無いピアノ弾きでもいいか、と思いました。

いやでもそーゆーのって、ちがうちがう
ぎりぎりのところで、思い止まって
強いわたしは死んだ、わたしは何度もそう思った。
でも、最後の、治りかけの傷痕が、わたしの手を掴んでくれました。


このひとは、ギターを弾いてうたうひとです。
ひとりで音楽を完結する技術を持ったひとです。
でも、わたしがいいって言ってきやがりました。
わたしはこのひとの隣で、
「こいつひとりでもいいけど、このピアノいたらもっとよくね?」
ていうピアノを弾きます。
そうじゃなきゃ意味ないでしょ、そういうわたしになりたい。
なーんて思えたのは、なんでだったかな。
もう思い出せないけど。
形の無い希望と絶望に捕われっぱなしだったね。
でもなんか、あるときそう思えて

そして、このひとの気持ちを紐解きながら、形にして
わたしの奥底に眠ってる何かを、引っ張り出してやろうと思います。
根本的にあまり似てないひとですから、
すぐにわたしは、わたし自身の言葉にもう1度会いたくなるでしょう。
まずは、このひとを紐解くことで、自分の深遠に触れてゆくことにします。

そしてこのひとは、大概多忙なひとですから、
どれだけこのひとと一緒に、このひとの曲を伝えられるかわかりません。
わたしは、このひとと一緒に作った曲を、自分自身の曲と言い張ります。
そしてわたしがうたって、ひとりでも多くの人に伝えにいきます。
このひとの気持ちを少し預かってさ、
たくさんのひとに聞いて欲しいっていう、その願いを
わたしが叶えにいきます。
わたしの声で、わたしの言葉で
わたしの夢です。


これが、これからのはなし。
流れ星のようにあらわれた、わたしの希望。
これからのわたし。

元々、はらぺこの休止に伴い
うーん、何かやりたいなあ
何人かに、自立を勧められて
じゃあ、ひとりでもやってみるかーと思ったりもしましたが
まずは、このひとと仕掛けたいと思います。
このひとと一緒に、広い海を泳いで
気づいたらひとりで遠くまで泳げたんじゃね?ていう
わたしになってやる、という野望を抱えながら。

ただ、この活動があるからはらぺこが休止に至ったわけではないということを、
ご理解頂けたらと思います。
本当に流れ星みたいだったんだよ。
きみはいつもそうだ。



もしも、あなたが
「まつながは??」とか
「アイツ最近SNSで見なくね?生きてんの?」とか
「mosimoも休止中であいつどうなるの?」とか
少し思ってくれてたら、その答えになるようなことを書けたかなと思います。

ああ、誰かに好きになって欲しかったな
愛されたかったな
格好つけたかったな
はらぺこのまつながを演じ続けたかったな


もーそーゆうの、どーでもいいかなっ

これから作り出す楽曲を、誰よりも愛してゆきます。
誰かに愛されたらラッキーだね。
でも、愛されなくても、きっとわたしが好きでいるよ。
大好きだなあ、と思って伝えていくよ。
格好悪くてもいいよ。
どっかで聞いたことのあるような、フツーの曲を作るかもしれないね。
あなたが好きだったわたしには、もう二度と会えないかもしれないね。
あなたはどうか知らないけど、わたしはゼンッゼン淋しくない。
だってこれからの方が、おもしろそうじゃん?
あなたのために生きられなくてごめんね。
くれてやれるものは、なにもないよ。

わたしに賭けてゆきます。


最後に、
このはなしを、笑って聞いてくれた全ての友人に感謝します。
どうしてだか、「まつながのうたがやっと聞けるんだね」と言ってくれた人が3人もいました。
この3人が何を思っていたか甚だ疑問だけど、
君たちのところには届くといいなと思っています。
君たちが笑った顔が、なんだか大変支えになりました。
多分、これからもずっとそうです。


最後まで読んでくれた方がいたら、本当にありがとう。
元気にやっています。
別記事とか別の場所に、書くと思いますが
サポートライブや、参加させて頂いたCDのリリース情報等もございますので、
どっかで見掛けたら声を掛けて下さい。


このひろい世界のどこかで会いましょう。
わたしは、しあわせです。


2015年6月10日
松永紋華 拝
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