君に伝えたい幾つかのこと
臆病な僕など早く殺して、

ずっとずっと聞いていた歌詞なのに、
今頃になって、やっとわたしの心臓に刺さってくれたね。
ずっとずっと、そばにいてくれてありがとう。

ふいに、
「なんとかなるよ」と思えたりした。
思い返せば、ずっとそう思って、信じて
信じる為の嘘を、繰り返してきたはずなのに
あの日から1年、わたしはその言葉を思い出せずにいたね。

まつながです。
今年6本のライブを終えて、今日という日を迎えています。

1月5本、
今までのはらぺこ活動ペースから見ても、ライブが多い月でした。
たくさん出会って、共有してくれたみなさま、本当にありがとうございます。

1月のこの5本を弾ききる、と決めて望みました。
はらぺこの活動を始めて、もう6年になるかな。合ってる?
たくさんのライブをして、曲を作って
「はらぺこのまつなが」であることを中心に
そして、その事実を"当たり前"として生きてきました。


「世界は終わった」なんて歌詞を書いた直後に、
自分の世界が一度終わることになるなんて、
これっぽっちも思っていなかったし
今になってやっと、やっと認めてあげられる。
3/12、確かにあの日わたしの世界は一度終わった。

気づいたら自分の手が信じられないくらい膨れ上がって
人生で感じたことのない痛み。
すぐに病院に行って、でも全然よくならなくって
1ヶ月後、別の病院に行った結果、
右手親指の付け根を、剥離骨折していました。

この1年、「骨折してたんだったね〜」てたくさんの人に声を掛けてもらって
たくさん気に掛けて頂いたこと、本当に嬉しく思っています。
思ったより、ブログとかTwitterとか見てくれてるんだな!と思って

でも、10月の復帰ライブ以降、新しく出会った人もたくさんいるから
改めてこの話をさせてね。
骨折をしていました。
小さな小さな剥離、
レントゲンを拡大してやっと見つけてもらった、わたしの指から離れた骨。
レントゲンを写メしたやつを持ってるんだけど、
それをここに載せても、「え、どこ??」て言われるくらいちっさい剥離だから
写真とかも載せないけど笑


楽器に貼った、3/19 57picturesのパスが、ぼろぼろになって
あの日からたくさん時間が経ったことを、実感する日々です。
3/19
鍵盤に触れなかったわたしが、怪我後初めてステージに立った日。

あれからもうすぐ1年が経って、骨折は治って、症状も大分改善されました。
ただ、あくまで改善しただけで、
1年間誤摩化し続けてきました、逃げて、認めずにいました。

現在の状況は、「痛いけど弾ける」


やっと認めてあげられる、
わたしはブログで「弾けない手にならなくてよかった」て言ったことがあったけど
そう思うのと同じくらい、
もしかしたらそれ以上に、
そう思うより早く、
わたしは何度も何度も思ってた。
「これはもう、弾けない手かもしれない」

「必ず復帰するから待っててね」みたいなことも言ったと思います。
でも本当は、何度も辞めようと思いました。
完全に動かすことができないわたしの手で、はらぺこが続けられるのだろうか
続けたところでどうする?
ずっと苦しみ続けて、満足に弾けなくて
そう思ったらこれは、弾けないカラダなのではないか、と。


大丈夫だ、て言い続けました。
元気だよ、て言い続けました。
でも本当は、一握りの希望を持てたときにだけそう言って、
怪我以降、露出を避けていました。
こんなこと言うのは本当に申し訳ない、ごめんなさい、でも
怪我をしたあと、ライブ休養期間に入る7月までのライブは、
「自分から見に来て欲しい、と言える状況ではないので、告知とかを控えさせて下さい」
ていう状態で、ブログ等をお休みさせてもらっていました。
弾くって決めたのにね。ごめんね。
見せられるライブではない、という演奏をしたつもりではないから、
その期間見に来て下さったみなさま本当にありがとう。

今だから認めてあげられるけど、
人と話すのが怖い時間も長かったです。
沢山の人を遠ざけてしまってごめんなさい。

何を言っても、言われてもダメだったんです。
痛みを認めて、それを他人に打ち明けるのも怖かった
痛いことと向き合えなかった。
「大丈夫だよ」なんていう嘘も吐けなかったし
あなたの「大丈夫」という言葉も、信じられるわけがなかった。


何の希望もなかったね。
不安と絶望ばっかりだった。


今思うと、本当に泣いてしまいそうな目標ばかり掲げてきたよ
怪我の直後3/19は、なんとかステージに立つ。
そこから、2人でなんとか30分のライブをやる。
そして、はらぺこの持ち曲を全部もう1度弾けるようになる。
そして、はらぺこの持ち曲を、わたしが望んだ音程で弾けるようになる。
しばらく右手の親指を使わずに弾いてたから、これも中々難しかったんだ。
そして、30分のライブを、30分以上のライブを、全力で弾けるようになる。

そのわたしが今年掲げたのが、
「1月5本のライブを弾ききる」でした。
達成できて本当によかった。


達成したからもう安心、というものではなくて
わたしは改めて、自分の状況と痛みを自覚することになりました。
「痛いけど弾ける」これがわたしの答えです。

ただ、1月のライブ中、ずっと思い出して
思い出したら笑ってしまう言葉があって。
「はらぺこのまつなが、じゃない。
まつながのはらぺこを始めなさい」てやつ。
ずっとずっと、音楽は苦しいと言っているわたしを知りながら
楽しく弾きなさい、と言ってくれた、あなたのその言葉
思い出したら笑ってしまって、
いま、楽しく弾けたら、弾きたいように弾けたらいいんじゃないか、なんて
漠然と思えて。

1月5本を弾ききったさきに、何があるか
何もないかもしれない、なんて覚悟だったけど
その言葉と、気持ちを思い出せたことは、大きな収穫だったな。


わたしが愛していた、あのときの弾き方とわたしには、もう会えない。
わたしは絶望しきっていた。
わたしはどこにいるんだろう?
わたしのいいところ、
はらぺこのいいところ、っていうのは
今でもあるのだろうか。

今でも不安に思ったりします。
10月の復帰ライブ以降、ブッキング担当してくれたみんなに聞いてみて
大層困らせたと思うんだけど笑
みんな色々言ってくれて、
明確な答えは一個もなかったけど笑
それでも、みんな
「はらぺこはすばらしい」て言ってくれたことが
本当に励みになりました。


そしていま、
どういう奇跡が起こったかわからない。
療養中、何の趣味もなくて
というか、本を読むとかパズルやってみるとか編み物始めてみるとか
思い付いた多くの趣味的なものも実現不可能な手だったから
という言い訳もあるけど
とにかく引きこもって、絶望しきっていたわたしが
いま、願っていることは
「弾きたい」ということです。

音楽と向き合いたい。
音楽を知りたい。
新しい挑戦をしてみたい。
色んな曲を聴いたり、弾いたりしてみたい。

なんでそんな風に思えたんだろう。
ずっと逃げ出したかったのに。
ピアノさえ弾かなければ、もうほとんど気にならない痛みなのに
そう、弾くことがいちばん自分の手を痛めることは
結構早い段階で自覚していた。
今でも多分変わってない。

「弾きたい」と思ってる。
弾きたいことだったり、
はらぺこでだったり、
いつまでそういられるかわからないけど
人生を賭けて、確かに。
わたしは挑戦したいと思ってる。

今まではらぺこは、
音楽よりも、建前や目標にしがみついてきてしまったな、と思ってる。
だってそうしないと死んじゃうじゃん
何も残せなければ、
何も行動できなければ、
ある意味、音より大事だった。
CDのリリースや、ライブ、企画をやること。

よく頑張ったね、悪くなかったと思ってるよ。
でも、これからは音そのものと向かい合いたいな
持てる全ての時間を使って。


今だから認めてあげる。
怪我をしてよかった、とは思ってない。
カケラも思ってない。
今だからハッキリ言ってやる!
「今のうち、若いうちでよかったね」
「休養も経験になるよ」
「新しい弾き方とかも見つかって、勉強になるんじゃない?」
て言った全員をぶん殴ってやりたい。
ごめん、こう言ってくれたのはわたしの大事な人たちばっかりなんだけど笑

弾き方は変えたよ、
そうしないと弾けないからね。
でも、こんなもの、
あと10年20年掛かったって、自力で見つけるものだよ。
こんなねえ、
カイトの敵討ちをしたときのゴンみたいな、荒技使わなくたってさあ!

でも、今だから認めてあげる。
怪我をして学んだことはたくさんありました。
まだまだ未熟ではありますが、
鍵盤とわたし自身と、たくさん向き合いました。
わたしのいいところ、わたしの音ってなんなのか
たくさん考えました。
答えはまだ見つかってないけど
いま、弾けることがしあわせで、本当に楽しいです。

ああ、こんな怪我なんて理由じゃなくて
「楽しく弾きな」の意味がわかったらよかったのに
とは思うけど、
でも、実感できてよかった。


これからも、向き合い続けると思います。
わたし自身と、その音と、
そして、痛みと。

痛みに関しては、
偏頭痛とか花粉とか、そういう持病がひとつ増えたと解釈していました。
偏頭痛は、かなりニュアンスとして近いよね。
たまに、それもよくわからなかったりするタイミングで激痛になるから。
だから、その事実と向き合おう、て思ってたけど
でも、そうじゃなくて
治せるなら治したいね。
1月5本もライブしたら、激痛に当たってしまったライブがあったんだよねえ。
それも1本だけじゃなかったんだ。
そういうのは、もう嫌だよね。弾きたいんだよ。


苦しみのひとつに、
「こんな状態で何を伝えればいいんだ」ていうのがあった。
はらぺこは、一雫の希望だ。
その涙を誰の為に流したか、あなたの答えが
君はもうここにはいない、だけどどこかにいる、ということが
どうしようもなく苦しかったとき、わたしの一部を預けられるあなたがいたことが
そして、
あなたの言葉と共に、もう一度春が訪れようとしていることが
わたしとあなたの希望です。

もう、これでもかってくらい絶望しきっていたから
何を伝えていいかわからなかった。
いまも、「怪我以前と同じように」はむりだ。むりむり

ただ、この1年間を
「わたしの持ち合わせているどんな絶望や希望でも救いきれなかった」
と思っている。

だって、鍵盤が触れなかったのって、最初の2,3ヶ月くらいだったし
親指なくても弾けなくはないし、と思ったら
やっぱ弾くの辞められないから、絶望しきることもできなかったし。

でも、この手でも頑張るぜ★
なんて開き直るほどの希望も持ち合わせていなかった。

そのわたしが、もう一度弾こうと思っている。
たぶん、1年前に持っていなかった何かを手に入れたんだ、きっと。
きっと、まだわからなくても。


「弾き続けたら、いいことがあるかもしれない」
なんていう、やわい希望も持っていた。

ひとつ、その夢が叶うのが2/28

わたしたちのホーム、
そしてわたしが怪我をした場所である
町田WESTVOXへ参ります。
この話や思いは、また伝えるから、フライヤーだけ貼らせて



そして、
きっとはらぺこを辞めていたら後悔していた、と思うのが
下北沢屋根裏。
3月いっぱいで閉店する屋根裏でのラストライブは、3/9(月)
あのまま屋根裏にもう二度と出れなくなっていたら、
わたしは死ぬほど後悔していたはず。


いまは、四季廻りに全力投球しています。
3月のライブも決めましたが、
これからのこと、わたしが何者だったか
よく向き合っていきたいと思います。


こんな未熟なわたしですが、
支えて下さった全てのみなさま、本当にありがとう。
今日まで生きてきたよ。
これからが楽しみだと思えるようになったよ。
また会おうね。


自分を暴く為に、このブログを書きました。
ずっと、言うべきではない、と思っていた幾つかも書きました。
今は別に隠す必要がないと思ったし
どちらにせよ、はらぺこの鍵盤の人は
一度死を覚悟した、ということを
きっとどこかであなたは気づいたでしょう。

最後まで読んでくれてありがとう。
いま、希望を持って生きていることに
心から感謝しています。


2015/2/12
まつなが 拝
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