未明の歩み セルフライナーノート 【音響/ベース編】
ベースと録音、ミックスを担当してくれた田村さんからセルフライナーノートが届きました!

そうそう、こうやって
マイクの位置がどうとか、
そう実はドラムって、生のドラムじゃないのよ、とか
ウッドベース弾かせてごめん、とか

のめり込むほど底が深いこの世界を、
わたしたちが折れず、
そしてこだわりを捨てず、泳ぎきることができたのは、
この人がいてくれたからだ。

正直怒られてもいいことを再三頼んだはずなのに、
根気強く、
そりゃあもう根気強く対応してくれたこと、感謝しきれないです。ありがとうございました。

わたしたちのこだわりのひとつずつ、
田村さんの仕事の丁寧さひとつずつ、
あなたに届くことを願って。



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「はらぺことして、デモではなく作品として音源を作りたい。」
「それにベーシスト、レコーディングエンジニアとして参加して欲しい、というかして、むしろしろ」

という勧告にも似たお誘いを頂いたのが2010年の春くらいだったと思う。
年をまたいだ2011年の7月に発売となった「未明の歩み」というミニアルバムについて、
エンジニアとして覚えているうちに覚えているだけの事を記す。


まずドラム。
時間と予算の関係で、ドラムは生ではなく音源を使う事となった。
ドラマー中山秋星氏所有のエレドラ+AbbeyRoad 70's Drumsの中から好みのモノをセレクトしてもらった。
そこからパラでパーツひとつずつもらい編集したのだが、b キックのマイクにスネアの音のカブりまで再現されたリアルな音源と相まって、
生音を扱うのと同じ感覚でミックスする事ができた。

そしてベース。
当初はプラグインのモデリングで済まそうと思っていたのだが、
周りの音源の完成度が上がる内に物足りなくなり、結局リテイクする羽目に。
ベースはSeymour DuncanのフレットレスにSWR 350X+Ampeg SVT-610HLF。
LineをCountryman Type-10、MicをSM58で集音。
M1、M3で使ったoriente製ウッドベースは弦が指板にあたるカチっとした音をNT-5、
箱鳴り成分はNT-2000のRODEコンビで録音。
SCHERTLERのピックアップも試してみたかったのだがGtのフジオカ氏の「ウッドは生でしょ」のひと言で却下された。

そのフジオカ氏のギター、
ONにSM57、OFFにアンプから1mの所にAudio-TechnicaのAT2050。
この組み合わせ、本人はたいそう気に入ったらしくその後の録音でも採用された。
ダイナミックのガッツとコンデンサーの艶やかさを併せ持つギターサウンドが録れたと思う。
アコギも同様にONにSM57、OFFにNT-2000の組み合わせ。

鍵盤に関してはほぼライブのメインで使用しているNord Electro2。
micro KORGもプラスするカタチで使った。
MIDIで録るという案もあったが、ライブ用に作り込んであるいつもの音でいく事に。
鍵盤だけではなく、ソースが生の楽器に関しては真空管プリアンプ、ART TUBE MPとSTUDIO V3をかませている。
セッティングは適宜。

ヴォーカルに関しては美織さん本人の強い希望でリテイクやつなぎを一切せず、
一本歌いきったものをそのまま使った。
気に入らない部分があれば1曲歌い直すというなんとも男らしい方式。
エンジニア的にはラクで助かった。
マイクはM1がNT-2000、M5がAT2050
、 それ以外はすべてBluebirdに、友人の所有していたNEVE 1272のクローンであるBrent AverillのDMPを使用。
ミリタリー臭溢れる外観とは裏腹に艶やかでパワフルなサウンドだった。


マスタリングに関しては悩んだ。
自分たちですべてやってしまうか、国内のスタジオを依頼するか、
海の向こう、イギリスはロンドンのAbbeyRoad Studioに依頼するか。
結果AbbeyRoadに依頼したわけだがこれが大正解だった。
本来エンジニアの指定は出来ないのだが、駄目元でROOM7のAlex Wharton氏(RadioheadやBjorkを手がけたエンジニア)を指名。
たまたまなのか日程を調整してくれたのか、この希望は叶えられる。
(同じ手口を使ってエンジニアの指定ができるかどうかは我々の関知するところではない。)
かくして日本で録音した曲が海を超えロンドンでマスタリングされてリリースされる事となる。


M1.「夜明け」
一番編成がシンプル。
なくせに一番音量の差が激しいので苦労した。
このダイナミクスの差≠音量の差という事がこの後のふたり編成でのライブに大きく影響する事となる。

M2.「ヒカリカワル」
アレンジも最初に決まり、ミックスのバランスも一番最初に決まった。
以後この曲を指標に他の曲の作業を進める事ができた。
このアルバムの基準となった曲。

M3.「かもめ...」
唯一のアコースティック編成。
最終ミックスではだいぶリヴァーブのかかった状態だったが、
マスタリングでバッサリとドライになって仕上がった。
トータルで聴くとコチラのほうが馴染みが良い。
その辺サスガと思うと同時にマスタリングでそこまで出来るのかと度肝を抜かれた。

M4.「re;wind」
渾身の2A〜ブレイク-キメ-サビという流れをやってみたかったからやってみた曲。
アレンジの段階でダブ・ヴァージョンを提案したがマツナガより
「この曲を作るキッカケをくれた友人に聴かせられない」との理由で却下。
あんなに冷たい目をした彼女を見たのはアレが初めてだった。

M5.「序章」
はらぺこ版シューゲイザー。
単純なトラック数では一番多かった気がする。 本人のライナーによる魔法云々のくだりだが、
言われても全く思い出せなくて音源で確認。
いじめたほうは覚えてないのにいじめられたほうは何年たっても覚えているというアレだろうか。



2010年の暮れぐらいから録音作業に入り、
そのまま3月まで録音とミックスの作業が続いた。
311の震災があった時、その作業が佳境にはいった頃だったように思う。
自分の本職(ライブハウス)のほうも震災やその後の節電や計画停電の影響でイベントのキャンセルが続き、
他のメンバーも同様に仕事やすべき事を失いかけていた。
結果4,5人集まれば浮いた電気分でPC一台分くらい使ってもよいのではという果敢な判断により作業は続行される事となる。
当時、被害の全容が明らかになるにつれ、関東圏には奇妙な無力感が停滞していた。
一番の被害者は自分達ではない、かといって被害がなかったワケでもない。
完全な被災者にも支援者にもなれないまま非日常を暮らす中、
全く世の中とは関係ない、自分たちのためとはいえやりたい事、やるべき事、やれる事があったというのは当時随分と救いになっていた気がする。


被災地に届けばなどとおこがましい事は言わない。
幾人かにでも届いたのならば幸いである。
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